お知らせ

慶友会グループ > お知らせ > 幸せとは?

中田靖泰

幸せとは?

 

NHKの朝の大河ドラマで「西郷どん」が始まりました。維新の英傑が続々と登場してくるはずです。明治維新は薩長土肥で成し遂げたということになっていますが、名君松平春嶽に率いられた福井藩の果たした役割も見逃すことは出来ません。その松平春嶽の陰に私の好きな歌人の橘暁覧がいます。橘暁覧は決して有名な人ではありませんが、ほんのひと時だけ、脚光を浴びたことがあります。1994年、アメリカ大統領クリントンが来日し、そのスピーチの中で暁覧の次の和歌を披露した時でした。

  • 楽しみは 朝起き出でて 昨日まで なかりし花の 咲ける見るとき。

暁覧は江戸末期、幕末福井藩の国学者、歌人です。本居宣長や頼山陽の孫弟子にあたります。福井に戻ってからは寺子屋を開いて赤貧,清貧の暮らしをします。その学才を惜しんだ藩主の松平春嶽が出仕を勧めます。今で言えば、街の学習塾の先生が、東大教授に招かれたようなものです。暁覧の返事はこんな歌でした。

  • 花めきて 見ゆるも すずな園(その) 田ぶせの庵(いお)に 咲けばなりけり

「ちょっと奇麗に見えるのも、田舎のあばら家に咲いているからですよ」くらいの意味です。それを読んで春嶽は次の歌を返します。

  • すずなその 田ぶせの庵に 咲く花を しいては折らじ さもあらばあれ

歌で辞退し、歌で返す優雅な時代でした。しかし、その後も曉覧・春嶽の子弟関係は続きます。暁覧は今、「独楽吟」という名の歌集で世に残っています。すべて「楽しみは」で始まり、「~する時」で終わる歌です。いくつかご紹介します。

★ 楽しみは 珍しき書(ふみ) 人に借り 初めの一ひら ひろげたる時

★ 楽しみは まれに魚煮て 児等みなが うましうましと 言うて喰う時

★ 楽しみは 空暖かに うち晴れし 春秋の日に 出でありく時

暁覧は生存中は殆ど認められることはありませんでした。それは当然です。和歌と言うものは学のある人が花鳥風月を詠む高尚なものと思われていた時代に、「児等みなが うましうましと 言うて喰う時」などという歌が評価されるわけはありませんでした。

人は皆、幸せを求めて生きています。しかし、「独楽吟」を読む時、幸せは「金」、「地位」、「名誉」というワンパターンではないことが分かります。橘暁覧はそのすべてを自らの意思で拒否し、陋屋で無名の一生を終えました。しかし、時に「楽しみは~」と詠みながら、しあわせの極致に生きた人生の達人だったのではないかと思います。私たちも時に、「楽しみは」で始まり「~する時」で終わる歌を詠んでみれば、幸せも広がりを深みも増すのではないかと思います。

最後に、「不易流行」が慶友会の今年の目標であるというのを聞いて、詠んだ平成の独楽吟を一首。

  • 楽しみは 流行(はやり)喜ぶ 世の中に 不易忘れぬ 人を見るとき

一覧に戻る

Page Top